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名曲千夜一夜物語-98~"The sahara of snow"-Bruford-1979



YESのオリジナルメンバーでありながら、5枚目のアルバム

"close to the edge~危機~1972"

の後YESを脱退したBill Brufordのその後を追います。

Bill BrufordはもともとJazzを聴いて音楽・楽器を始めたようです。YESもJazzをやるのかと思って参加したと発言していますので、強力に構成されて再現性重視のYESのLIVEに耐えがたくなったのかもしれません。

一方で「クリムゾン・キングの宮殿」を1969年に発表して成功したKing crimsonは

メンバー間の音楽性のずれで1枚発表しただけで分裂します。ギターのRobert Frippは

1枚目のリリカルでシンフォニックな作品からアグレッシブでJazzyな作品に移行したかったようで、2枚目"IN THE WAKE OF POSEIDON",3枚目"LIZARD",4枚目"ISLANDS”

とメンバーを固定させず、流動的にミュージシャンに声をかけて

アルバムを制作しました。

しかしメンバーが固定しないと演奏活動にも支障がでます。4枚目"ISLANDS”を発表

してKing crimsonは解散するのです。

そのような状況の中で"Fripp"はYESをみて"Bruford"のプレイに自分のアイデアが現実にできるという実感を得て"Bruford"とKing crimsonを再編します。

5th『太陽と戦慄』6th『暗黒の世界』7th『レッド』の3枚のアルバムを発表しますが

再び1974年King crimsonは解散します。

この頃の"Bruford"の演奏は1975年発表のライブアルバム『USA』を聴くのが

良いでしょう。

1974年のKing crimson解散後"Bruford"は自分の名を冠したユニットを立ち上げます。

1977年に"Feels Good to Me"を発表。1979年に2枚目"One of a Kind"を発表。メンバーは

Allan Holdsworth – electric guitar

Dave Stewart – keyboards, synthesizers

Jeff Berlin – bass

Bill Bruford – drums,percussion,

70年代はJazz界ではJazz rock,そしてContemporary Jazz-Fusionへと

発展とひろがりを見せたJazzの進化に重要な時期です。

この曲は1979年発表されています。これ以前にContemporary Jazzの名作が

60年代終わりから70年代にかけて多数生まれています。

次回からはそちらの方を見ていきます。


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