ではジャズに影響を与えたフランス文化の母国の音楽をみてみましょう。
Émile Vacher - Acordion
written by J. Peyronnin
”Musette”はフランスで19世紀後半に大衆化した音楽です。
アコーディオンを軸とした編成の歌曲舞曲です。3拍子のワルツ様式の音楽ですが
この時代は今と違いダンスといえば3拍子の”スイング”の踊りなのです。
1920sと言えば、第一次大戦(1914~1918)後の世界です。
このような明るく陽気な音楽で大衆は不安や日常のつらさを吹き飛ばしていたのでしょう。
演奏しているÉmile Vacher(1883-1969)は
フランスを代表する名アコーディオン奏者であり、このダンス音楽"Bal-musette"の
第一人者です。
"Bal-musette"は1880年ころからパリで流行しはじめた
ダンス音楽です。
当初は写真のようなバグパイプの一種
"cabrette"という楽器で演奏されていたようです。
また面白いことにこのダンス音楽を好んだのが
フランスの中南部の山間部"オーヴェルニュ"地方から
パリに出稼ぎにきていた"Auvergne"人であるということ。
オーヴェルニュ人はパリのカフェ文化を造った民族であることで知られています。
彼らは雪の深い山間部に住んでいたので出稼ぎで働くことを余儀なくされていました。
キツイ肉体労働のあとに酒を飲んでいたわりあう文化が
カフェ文化に繋がったのです。
米国における黒人労働者と"Blues"と通じるお話しです。
lucy riddett - Acordion
こちらではアコーディオンの奏法がよくわかります。
アメリカはヨーロッパから移住した多くの白人系の民族と、
奴隷としてアフリカから連れてこられた黒人の2つの人種の対比で語られることが
多いですが、音楽の成り立ちをみると、黒人文化のもつ音楽的要素を
白人が持ち込んだ楽器で発展させてきた、という側面が確かにあります。
一方でヨーロッパは多種多様な民族が大きな大陸の中で
隣り合わせに生活してきた歴史があり、相互に影響されつつも
独自の核とした文化も継承され続けています。
またヨーロッパ諸国の植民地政策で南米やアフリカからの移民も
彼らの文化をヨーロッパに持ち込みました。
アコーディオンは1820年代にヨーロッパで作られた楽器です。
黒鍵もあるピアノ型と白鍵だけのダイアトニック型と2つありますが、
携帯しやすいので航海にも持って行けたのでしょう。
新天地を求めて来た移民者がひしめき、雑然とした南米の港町ブエノスアイレスで
日々の疲れを吹き飛ばす余興の踊りとし愛された音楽があります。
”Tango”です。
次回は”Tango”に迫ります。